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万葉ロマン「恋めやも」~平安時代の恋愛サスペンスドラマ:7月10日追記

2015年7月7日

自販機部門 原田です。
本日は、『万葉集』より私の好きな歌を紹介させていただきます。

『万葉集』とは

murasaki
念のため、『万葉集』について少し説明いたします。

『万葉集』とは、7世紀後半から8世紀後半に編まれた日本最古の和歌集です。

天皇から庶民にいたるまでの幅広い層で詠まれた歌が4,500首ほど収められています。

最終的な編纂は、大伴家持によるものというのが一般的な見解ですが、真実は不明のままです。

『万葉集』に見る三角関係

早速ですが、私が『万葉集』で一番好きな歌がこれです。

「紫草のにほえる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」 大海人皇子

当時皇太子であった大海人皇子(おおあまのおうじ)、後の天武天皇の歌です。

歴史的仮名遣いでは、

「むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに われこひめやも」となります。

この歌を品詞分解すると、

「紫草」名詞、「の」比喩の格助詞「~のよう」、

「にほえ」動詞ハ行四段「にほふ」の已然形「美しく艶やかである」

「る」完了の助動詞「り」の連体形、「妹」名詞 男性から女性に親しみを込めた「あなた」、

「を」格助詞、「憎く」形容詞ク活用「憎し」の連用形、「あら」動詞ラ変「あり」の已然形、

「ば」順接仮定条件の接続助詞「~ならば」、「人妻」名詞、「ゆゑ」形式名詞「~なのに」、

「に」格助詞、「我」代名詞、「恋ひ」動詞ハ行上二段「恋ふ」の未然形、

「め」推量の助動詞「む」の已然形、「や」反語の終助詞、「も」詠嘆の終助詞。

この最後の「めやも」で反語を表し「・・・だろうか、いや・・・でない」という意の連語になっています。

これらをつなぎ合わせ現代語訳すると

「紫草のように美しいあなたを憎く思っていたら、人妻なのにどうして私は恋したりしようか(いや、恋したりしない)」

という風にになります。

どうでしょう?こんな風に学校の古典の授業みたいに説明されても・・・つまんないですよね。

高校生の時、早々「古文」から離脱した時を思い出します。

しかしながら、この歌は長年にわたり多くの人に支持されてきました。

その理由は、この歌そのものの美しさにもありますが、この歌の背景にある事情に起因いています。

「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」 額田王

この歌は、額田王(ぬかたのおおきみ)が大海人皇子に向けて詠まれたもので、その返歌として先の「紫草の・・・」

が詠まれています。

『万葉集』の題詞(歌のはじめに、それが作られた事情などを記した言葉)によれば、

この二首が詠まれたのは、「天智天皇が蒲生野で薬猟をなさった時、額田王の作る歌(現代語訳)」とあり

「皇太子(大海人皇子のこと)がお答えになった御歌(現代語訳)」と記されています。

では、この額田王の歌の意味とは・・・

「紫野(むらさきの)」紫草の咲くの野の事であり、当時は薬草あるいは染料とし利用されていました。

「標野(しめの)」天皇の御料地の事であり、人々の出入りが禁じられていました。

「野守(のもり)」御料地の番人の事です。

「袖振る(そでふる)」当時の求愛の仕草です。

以上の点を踏まえて、この二首を簡単にかつ意外と教科書的文法にそって口語訳してみると

額田王 「ねえ、あなた困るわよ。御料地内を言ったり来たりして、わたしを口説くなんて。番人に見られでもしたらどうするの。」

大海人皇子 「いくら君が魅力的だからといって困らせるつもりはないよ。今更、人妻の君を口説いたりしないよ。」

といった感じになると思うのですが、もちろん、テストでこんな答えを書いてしまったら

相当に洒落のわかる先生でないと点数はいただけないでしょう。

『万葉集』と人間模様

それでは、そろそろ本題へと入りたいのですが、

まずこの二首は『万葉集』の中でも、特に有名な歌なので学校で使う教科書に

載ることもしばしばあります。それだけに、常に学問研究の対象となり、

諸説入り乱れて、その解釈も多様をきわめています。まず、この二首を

読み楽しむためには、三人の人物と時代背景を知る事が重要となります。

三人の人物とは、額田王と大海人皇子の二人に天智天皇を加えた三人の事です。

額田王は、鏡王の娘で『万葉集』を代表する女流歌人です。

大海人皇子は、天智天皇の弟で当時は皇太子、後の天武天皇です。

天智天皇は、皇太子時代は中大兄皇子であり、「大化の改新」で有名です。

そこで、この三人の関係は、もともとは額田王と大海人皇子が夫婦で子供もいました。

しかし、時の権力者であった天智天皇は額田王を自分の妻としてしまいました。

この二首は、そうした微妙な三角関係の中で詠まれた歌です。

またこの二首が詠まれた時期は、前述の通り「天智天皇が蒲生野で薬猟なさった時」で、

『日本書紀』と照らし合わせると、天智天皇七年(668年)5月5日(旧暦)である事

がわかります。この年の1月には、長く皇太子のまま政務を執り続けた中大兄皇子が、

近江の大津宮において、天智天皇として即位しました。そうした事情もあり、

この年の5月に、遷都間もない近江の蒲生野で、朝廷の年中行事であった薬猟が

行われたのでしょう。この薬猟の際に行われた宴席で詠まれたのが、この二首であると

『万葉集』では書き添えられているわけです。

それにしても、宴席とはいえ、公の場で、それも三人の微妙な関係を知る人々の前で

このキワドイ歌が詠まれたとは、なかなか理解しがたいものがありますが、1,300年以上

も前の人々のほうが「大人な洒落」がわかっていたという事でしょうか。

骨肉の争いが頻繁に行われていた古代朝廷で「大人な洒落」が通じていたとは

考えにくいのですが。実際、この後、天智天皇は当時の習慣でいけば皇位継承者が

弟の大海人皇子になるところを息子の大友皇子にするため画策しています。

ところが、天智天皇は病床に大海人皇子を呼び、皇位継承は大海人皇子がするように

提案します。大海人皇子は、これを断り、吉野で出家するのですが、ここに本音と

建前の「大人の駆け引き」を感じます。宴席での歌も、こうした「駆け引き」の意味を

含めて詠まれたものではないでしょうか。

この蒲生野での薬猟の四年後、天智天皇は崩御。大海人皇子は吉野で挙兵し近江朝廷

への反乱、すなわち日本古代史最大の内乱といわれた「壬申の乱(じんしんのらん)」を

起こします。結局この乱は、攻め込まれた朝廷の大友皇子の自害によって終結し、勝利した

大海人皇子は天武天皇に即位し朝廷を治めることとなります。ちなみに、自害した大友皇子の

妻は、額田王と大海人皇子の間に生まれた十市皇女(とおちのひめみこ)です。

ちょっと複雑な関係なので、大海人皇子を主体として簡単にまとめてみますと、

妻を奪った兄、その兄の息子に、奪われた妻との間に生まれた娘を嫁がせ、その娘の

旦那である甥っ子を自害に追い込み、自らが天皇となった・・という事です。

「恋めやも」へのこだわり

この二首が、人間関係や時代背景により、その解釈には諸説あるわけですが

歌そのものを現代語訳した時、私の知る限りでは額田王の歌については、特にその

内容に諸説隔たりがあるようには思えません。それはこの歌が、複雑な文法によらず

表現的技法による美しさで詠まれているためであると思われます。

一方、大海人皇子の歌では、真逆の現代語訳を見ることがあります。

ここにもう一度、大海人皇子の歌をご覧下さい。

「紫草のにほえる妹をにくくあらば人妻ゆゑに我恋めやも」

この歌を、文法に忠実に現代語訳すれば、既述の通り

「紫草のように美しいあなたを憎く思っていたら、人妻なのにどうして私は恋したりしようか

(いや、恋したりしない)」という風になり、大方の現代語訳は、こんな感じです。

どうでしょう?・・・何か変な感じがしませんか?

「あなたを憎く思っていないから、人妻のあなたには恋しない。」と言っているのです。

これを「あなたを憎く思っていないから、あなたが人妻となっても恋している。」とした方が

シックリくるのは私だけでしょうか。

ここで、私流に解釈する根拠を説明させていただきます。

7/10更新 続きは随時更新となります。

 

 

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